ハワード・バトル

気づいたらハタチ。
ハタチになった瞬間を考えると、「クイズ!紳助くん」を観ながらパソコンをいじっていたな。
何も感じず、特別な感情なしにハタチになってた。
どんなに抗ってもヒトは時の流れには逆らえない。
無抵抗に戸籍上は歳を重ねていく。
多分こんな感じにミソジを迎えるんだろうな。
気づいたらカンレキな人生なのかも…


二十年という時間的空間を振り返ってみて、私の中では山アリ谷アリだったが、ヒトから観ればかなり平坦、平穏、普通であろうな。
私なりにあの時あーしとけばという地点が山積みなミチノリ。
トーマス・ギロヴィッチのコトバ通りなのかな。
まぁ確認方法もないし、どうもできないけど、どうもしないけど、どうかしたっかたって念は残ってくんだろう。
んで、そんなことを思って改心できる人間は凄いというかそんな人間は本当にいるのかな。
よく誰かのコトバによって変化を起こすみたいな風説は聞くけど、どうなんだろう。
「誰か」ってのが「恩師」って奴なのかな。
私にとっての恩師っていう奴の存在は皆無だな。
あんまり、先生とかに積極的に絡まないタイプの子だからさ。
まぁ積極的に絡んでも生まれるような存在はいなかったような気がする。
別に欲しかったわけじゃないけどね。
一般的に言えば何事も要は気持ちの持ちようみたいなことなんだろう。
でも、私はココロとカラダとノウミソが繋がってないからさズレていくんだろうな。


うわぁ〜ネガティブシンキング。